【 山陰地方では、山彦のことを〈呼子(よぶこ)〉、または〈呼子鳥〉という。そういった動物のようなものがいて、声を出すと考えられていたわけである。
 昔、雲州(島根県)に寺西文左衛門という武士がいて、弓術にすぐれていた。
 ある秋のこと、同僚と松茸をとりに山に行った帰り、角平という供のものの姿が見えないことに気づいた。みんなで角平の名を呼ぶと、はるか山奥でときどき返事が聞こえる。しかし、同僚だけで呼んだときは答えず、文左衛門が声を出して呼ぶときだけ答えるようなので、こんどは文左衛門1人で、「角平、角平。」と呼びつづけた。
 すると、だんだん答える声が近くなり、ついに角平のいるところへ来た。角平にわけを聞くとつぎのようなことだった。
 「急に大便がしたくなり、すこし森の中へ入って用をたしていますと、見知らぬ高貴な人が数人いて私を招くのです。その前にかしこまると、頭をかたくおさえられ動かないようにされましたので、いろいろ詫びましたが承知してもらえません。みなさまのお声に答えようとすると、なおも頭をおさえられ、『答えずにいよ。』といわれますのでだまっておりましたところ、文左衛門さまのお声が聞こえました。すると、貴人たちは迷惑そうにして、『答えてもよい。』と申しました。それで声を出すことができたようなわけですが、この貴人たちが申すには、『文左衛門が呼ぶのにはこまる。文左衛門の弓の弦音(つるおと)は今も耳にある。その彼がこうたびたび呼ぶのではしかたない。ゆるしてつかわす。』と、ようやく放されました。」
 これを聞いて一同、さてさて文左衛門の弓は、この山中にも聞こえていたのかと感じ入り、たぶん狐狸のたぐいが小者をたぶらかそうとしたが、文左衛門の弓を恐れて逃げて行ったのにちがいないと、話し合ったという。これもたぶん、山にすむ〈呼子〉の親類ともいうべき妖怪であろう。】(『日本妖怪大全』)

 〈呼子〉については、柳田国男の『妖怪談義』に詳しく記されている。
 『因伯民談_1巻4号』から【鳥取地方では〈山彦〉すなわち反響を〈呼子〉または〈呼子鳥〉という。】と引用して、何かそういう者がいてこの声を発すると考える者もあると記し、また、これに近いものとして〈オラビソウケ〉をあげいる。肥前東松浦郡の山間でいい、山でこの怪物に遭うと、おらびかけるとおらび返すという。筑後八女郡では〈ヤマオラビ〉という。オラブとは大声に叫ぶことであるが、ソウケという意味はわからない。〈山彦〉は別であって、これは山響きといっていると記している。
 これらはこちらの呼びかけに対して怪しい声を返してくるというものだが、これとは逆に向こう側から一方的に声をかけてくるものがある。『日本妖怪大全』で紹介されている話もこの類で、『譚海』に収録されている。
この本の最後では、狐狸が誑(たぶら)かそうとしていたのであろうとしている。
 このような山の中で声が聞こえる話は意外と多い。長野県佐久郡では大晦日に山に入ると、どこからか「ミソカヨー」と呼ぶ声を聞くという。誰だろうと、ふりかえろうとしても首が曲がらないといわれ、この声の主は、山の神だとも、鬼だともいわれている。
 また、土佐(高知県)には〈オラビ〉という怪がいたという話が伝わっている。〈オラビ〉の姿は見えず、叫(おら)ぶと、周囲の生木の葉が散るといわれる。
 なお、これと同じ妖怪である〈幽谷響(やまびこ)〉については、別項にしてあるので、そちらを参照されたい。

[文献データ]
妖怪画集_p.38
水木しげるお化け絵文庫_10_p.30
小学館入門百科シリーズ_88_妖怪100物語_p.118
日本妖怪大全_p.471

(オラビソウケ)妖怪画集_p.38
(呼子鳥)水木しげるお化け絵文庫_10_p.30
(呼子鳥)河出文庫_水木しげるの 妖怪文庫_3_p.56
(呼子鳥)日本妖怪大全_p.471

随筆辞典_4_奇談異聞編/譚海_巻2
柳田国男全集_6_「妖怪談義」/因伯民談_1-4

(オラビソウケ)怪談の世界
(オラビソウケ)柳田国男全集_6_「妖怪談義」
(オラビソウテ)綜合日本民俗語彙
(オラビソーケ)幻想世界の住人たち_4_日本編
(カヨーオヤシ)幻想世界の住人たち_4_日本編
(ミソカヨーイ)幻想世界の住人たち_4_日本編
(ヤマオラビ)怪談の世界
(ヤマオラビ)幻想世界の住人たち_4_日本編
(ヤマオラビ)綜合日本民俗語彙
(ヤマオラビ)柳田国男全集_6_「妖怪談義」
(呼子鳥)綜合日本民俗語彙/因伯民談_1-4
(呼子鳥)綜合日本民俗語彙/因伯民談_1-4
(呼子鳥)妖怪(日本民俗文化資料集成_8)千葉幹夫編「全国妖怪語辞典」/綜合日本民俗語彙
(呼子鳥)柳田国男全集_6_「妖怪談義」/因伯民談_1-4