【 〈トシドン〉または〈年爺さん〉は年神様と伝えられ、鹿児島県の西の島では正月様の別名とされて、ふだんは天道に住んでいるという。
 下甑(しもこしき)島瀬々野浦では大晦日(トシヨイ)の晩になると、首切れ馬に乗り、鈴を鳴らして付近の山に降り、そこからやってくると信じられている。〈トシドン〉は天狗のように長い鼻をもち、白髪の老人の姿であるという。
 これは今、下甑島における大晦日の行事であり、小児のある家では、あらかじめ〈トシドン〉に来てくれる人を頼み、年玉の餅を持って顔を隠して来てもらう。天狗のような仮面と藁蓑(わらみの)を着け、その周囲に棕梠(シュロ)の皮や蘇鉄(そてつ)の葉(種子島ではビロー樹の葉)の髪の毛を振り乱し姿をする。
 〈トシドン〉は家々をまわって、子供にいろいろと説諭して悪い子をこらしめ、改めるよう言い聞かせる。それから歳餅(年玉の餅)という餅を与えて帰っていく。この餅は年を1つとることができる餅といわれ、もらわないと年をとれないと信じられている。歳餅はいわゆるお年玉である。
 また屋久島の宮之浦における大晦日の行事《トイノカンサマ》も甑島の〈トシドン〉伝承が伝わったもので、村の青年が仮面に蓑をつけて仮装し、鉦(かね)を打ち鳴らして家々を訪問し、子供に説諭して餅をくれて去ってゆく。
 上甑島では大晦日の晩に、餅とお金とを包んで小児の寝床にそっと入れておく。翌元日には、ゆうべ白髪のお爺さんがやってきて、お前に年1つやったなどと、親たちがサンタクロースのようなまねをするという。
 先の〈トシドン〉の場合、大晦日の晩に首切れ馬に乗ってやってくるといわれるが、徳島県の〈夜行さん〉とよばれる妖怪も同じ出現の仕方をする。たぶん〈夜行さん〉はこの〈トシドン〉の零落(れいらく)した姿なのかもしれない。】(『続日本妖怪大全』)

 〈トシドン〉は〈年殿〉と書く場合もある。年神は〈歳徳神〉などともいわれ、全国的には〈正月様〉の名で親しまれている場合が多いようである。
 村の者が鬼面や蓑で仮装して家々をまわり、子供に説諭するという習俗は、秋田の〈生剥〉が有名であろう。同様の習俗は、東北地方を中心に全国各地に伝わっている。
 ただし、これらは正月7日であったり小正月であったり節分であったり、という具合に農事暦における年越しの日に行われる。日本では干支による暦が広く伝わっており、そこに太陰暦が入り、さらに太陽暦が入って、後に中間の月送り制度が起こったため、年中行事の期日は錯綜してしまっているのである。

 この〈トシドン〉の場合、子供のいる家だけではなく、初めてその村で年を越す者の家にも来る。新任の寺の住職が〈トシドン〉の訪問をうけ、驚いて逃げだしたという話もあるそうだ。
 瀬々浦の村境近くには年殿石という石と老松があり、年神〈トシドン〉はそこで憩ってから村に入ってくるという。
 『民間伝承_通巻174号』の関敬吾著「トボシモン」には、同じ九州、長崎県小浜町に伝わる〈トボシモン〉という習俗が紹介されている。こちらは盆の16、17日に行われていたという。小学5、6年くらいの子供が面を作って仮装し、無言で家々をまわるのである。訪問を受けた家でも、子供を名前では呼ばない。「よくできた。」「よく化けた。」などとほめ、お金や饅頭を与えるのである。盆に行われるというのは、あまり他の地域に例をみない。
 〈トシドン〉が子供に与えるという《年をとらせる餅》に関しては、島根県にもよく似た伝承がある。《歳神の投げ魂》という題目で、『旅と伝説_通巻117号』の「民俗覚え帳」に桃井若州が報告している。
 毎年大晦日になると、〈歳神さん〉が人々の数に相当する《歳魂》を用意し、皆が寝ているうちに1人1個ずつ《歳魂》を与えて引きあげる。それで皆、元日になると年を1つとっているというのである。あるときには年をとることを嫌った者が竹薮にかくれ、〈歳神さん〉は、けっきょくその者を発見できなかったのだが、やむをえずその《歳魂》を投げ捨てた所がちょうどその者の頭の上で、余儀なくその者も年をとってしまった、という説話である。
 こういった〈年神〉に関しては、『民間伝承_通巻141号』で、柳田国男が「年神考」の中で詳しく考察している。柳田は、〈年神〉を本来的には〈田の神〉と同一のものであったと見ている。農事の区切りに祀られる神であったものが、京都や江戸などの都市文化圏で変じていったという説である。
 〈歳徳神〉の名称に関しても、古来先祖から受け継いだ田畑が《トク》とよばれていた事実を引用し、これは本来《得》の意であったものが都市文化の影響から《徳》となり、〈田の神〉から〈年神〉が遊離発生したことから〈歳徳神〉の名称が生まれた、という見解を示している。
 ちなみに正月に子供がもらう《お年玉》は、前記した《歳魂》に由来するものであるという。

[文献データ]
続日本妖怪大全_p.199
小説歴史街道_1994年2月号_水木しげる「妖怪・土俗神:喪われた世界」

(トイノカンサマ)続日本妖怪大全_p.199
(トイノカンサマ)小説歴史街道_1994年2月号_水木しげる「妖怪・土俗神:喪われた世界」
(年爺(としじい)さん)続日本妖怪大全_p.199
(年爺(としじい)さん)小説歴史街道_1994年2月号_水木しげる「妖怪・土俗神:喪われた世界」
(夜行さん)続日本妖怪大全_p.199
(夜行さん)小説歴史街道_1994年2月号_水木しげる「妖怪・土俗神:喪われた世界」

幻想世界の住人たち_4_日本編

(ソウトク)民間伝承_通巻141号_柳田国男「年神考」
(ソウトクサマ)民間伝承_通巻141号_柳田国男「年神考」
(ソウトメ)民間伝承_通巻141号_柳田国男「年神考」
(ソートク)民間伝承_通巻141号_柳田国男「年神考」
(トウドウサン)民間伝承_通巻141号_柳田国男「年神考」
(トボシモン)民間伝承_通巻174号_関敬吾
(歳神さん)旅と伝説_通巻117号_桃井若州「民俗覚え帳」
(歳徳(トシトク)さん)民間伝承_通巻141号_柳田国男「年神考」
(歳徳神)民間伝承_通巻141号_柳田国男「年神考」/口丹波口碑集
(年どん)旅と伝説 _通巻76号_柳田国男「年中行事調査標日」
(年殿)目で見る民俗神_第1集