【 江戸時代の人は、《すっぽん》の肉は痔疾(じしつ)にきくと考えていたから、《すっぽん》を専門に売っている店が多かったらしい。
名古屋にすむ3人の男が、《すっぽん》を食べていつも酒を飲んでいた。痔にきくとかなんかよりも、《すっぽん》そのものの味を好んでいた。まあ《すっぽん》マニアというところであった。 ある日、《すっぽん》を買いに行くと、そこのすっぽん屋が《すっぽん》のような顔をしており、びっくりして足を見ると足がばかに長い。 まるで幽霊のようであったという。その男は、びっくりして家に引き返した。炬燵(こたつ)に入っても体がガタガタふるえ、2、3日ふるえがとまらなかった。それからは、《すっぽん》を食わなくなったという話がある。 《すっぽん》は一度噛みつくと離れないといわれ、そういうところから執念深いものとされ、したがって、あまりたくさん食べると幽霊になって出るとされる。 ぼくも《すっぽん》の吸い物を食べたことがあるが、あっさりしてうまかった。 また、南方で蝸牛(かたつむり)の大きいやつを焼いて食べたことがあったが、これもあっさりしてうまかった。 子供のとき、煮物の中に蛄蝓(なめくじ)がまじっていたことがあって食べたことがあったが、これも蝸牛と同じような味であった。 蛸と《すっぽん》をやわらかくしたような味で、なんとなく幽霊ふうな味というのであろう。食べたのか噛んだのか、よくわからないうちに胃の中に入ってしまった。 味からいっても、《すっぽん》が幽霊になるというのがわかるような気がする。】(『日本妖怪大全』) 【 すっぽんは亀の一種であるが、その性質がしつこく、また烈しいため、人から恐れられていた。 沼や大河の主のようになった大すっぽんが人に害をなした話は各地に残っている。すっぽんにやられた溺死人は脇腹のあたりに爪の跡が残っているためにすぐ知れるという古老もいる。】(『水木しげるお化け絵文庫』) すっぽん料理屋の怪談は『北越奇談』にもある。紹介しよう。 新潟に〈すっぽん〉を料理する家業の亀六という男がいた。あちこちから〈すっぽん〉を集めて、毎日数百匹を料理していた。亀六は50歳になって、気力も衰えてきていたが、ある晩のこと、急に身体が重くなり、寒気がして水につかっているような気分になり、声も出せなくなった。やっと、手を動かして、あたりをさぐってみれば、数百の〈すっぽん〉が夜着の上に重なっていた。驚いてアッと叫ぶと、女房が起きてきて「どうしたのですか。」と問う。亀六が目を開けると〈すっぽん〉はどこにもいない。それから、毎晩、眠ろうとすればどこからか〈すっぽん〉が集まってくる。亀六は、その罪を悔いて僧になったという。 また、『孔雀樓文集』には〈すっぽん〉の怨みで死んだ男の話がある。 伏見の川辺に住んで、〈すっぽん〉を捕らえて商売にしている男がいた。あるとき、手に持った包丁を誤って水の中に落とした。男はふと考えて、料理しようとしていた〈すっぽん〉にむかって「今、俺が水中に落とした包丁を取ってきたら、命を助けてやる。」と言って、体を縄で結び川の中に投げこんでやった。 すると〈すっぽん〉は、いったん淵に姿を隠したが、まもなく包丁を口にくわえて浮かんできた。この奇跡をみたすっぽん屋の女房は「ぜひ放してやってください。」と頼んだが、男は何としても聞きいれず、〈すっぽん〉を料理して客人にすすめた。ところが〈すっぽんの怨み〉によって、それより数日後に発狂し、いろんなことを口走りながら悶死したという。 『旅の曙』には、〈すっぽん〉の怨念が〈大入道〉となって出現したという話が載っている。 これは、丹波(京都府、兵庫県の北部一帯)の農民が〈すっぽん〉を売って商売をしていたところ、〈すっぽん〉の怨念はついに10丈(約30メートル)の〈大入道〉となった、というものである。また、この農民の子が生まれると、その子は上唇がとがり、眼が丸く鋭く、あたかも〈すっぽん〉のようで、髪は身長より長く、手足に水カキがあり、ミミズを食べた、という話である。 これらは〈すっぽん〉を売って暮らしていた者たちが、いわば〈すっぽん〉に復讐される話である。魚屋や料理屋など、殺生をして暮らしている者は、動物の霊によって悩まされると信じられていた時期があったようである。そのため、寺院などには魚塚、鰻塚、獣塚などを設けて、同じような業者が集まって供養をしたという。 食材となる動物の中でも〈すっぽん〉は執念深いものと見られ、そのために上記のような怪談が多かったのであろう。 [文献データ] 妖怪画集_p.230 水木しげるお化け絵文庫_8_p.30 水木しげるの妖怪事典_p.202 霊界アドベンチャー_p.44 妖怪伝_p.117 X文庫_水木しげるの妖怪図鑑_上_p.368 日本妖怪大全_p.239 岩波新書_カラー版_妖怪画談_p.188 岩波新書_カラー版_幽霊画談_p.180 水木しげるの妖怪101ばなし_p.176 (すっぽんの怪)続日本妖怪大全_p.158 (すっぽんの怪)続日本妖怪大全_p.158/孔雀樓文集 (すっぽんの怪)続日本妖怪大全_p.158/本草網目啓蒙 (すっぽんの怪)続日本妖怪大全_p.158/和漢三才図会 加賀、能登の伝説 暮しの中の妖怪たち 北越奇談 (すっぽんの化けもの)日本妖怪変化史/旅の曙 (すっぽんの化け物)暮しの中の妖怪たち/旅の曙 (怪鼈)大語園_3/孔雀樓文集 (泥亀)江戸時代諸国竒談/摂陽見聞筆拍子 (鼈の怪)随筆辞典_4_奇談異聞編/閑田耕筆_巻3 (鼈の変化)大語園_7/閑田耕筆 |