【 江戸時代の天狗論者である諦忍(たいにん)は、『天狗名義考』に『先代旧事本紀(せんだいくじほんぎ)』を引用して、〈天狗神(あまのざこがみ)〉とよばれる人身獣首の姫神は、素戔嗚(すさのお)尊(天照大神の弟神)の体内に溜まった猛気が、吐物となって口外に出て化した女神であるとして、天狗の元祖であろうと語っている。
 また、『和漢三才図会_巻44』「治鳥付天狗天魔雄」に、「姫神であって体は人、首から上は獣である。鼻が高く耳が長く牙は長い。ともかくも意のままにならなければたいへん怒り、甚だ荒れる。大力の神でも鼻にかけ千里の彼方へ撥ね飛ばし、強固な刀矛でも噛んで牙にかけ、壊してズタズタにしてしまう。何事も穏止(おだやかに)することができず、左にあるものは逆に右であると言い、前にあるものは後ろであると言い、自ら、〈天逆毎姫〉と云う」とある。
 また続いて「天の逆気を呑み(男の精をうけずに)独りで妊んで児を生み、この児を〈天魔雄神(あまのさくがみ)〉と名づけた。(天魔雄神は)天尊(仏と天衆たち)の命に従わず、諸事をなすにも順善(善にしたがうこと)を成さない。八百万神など悉(ことごと)くもてあました。天祖(天皇の祖先)は赦して〈天魔雄神〉を九天(日天・月天・水星天・金星天・火星天・木星天・土星天・恒星天・宗動天の総称)の王とし、荒ぶる神、逆らう神はみなこれに属した。彼らは人の心腑(心中)にとりついて意(こころ)を乱し、敏き(聡い)者をたかぶらせ、愚かなる者を迷わせる。」とある。
 鳥山石燕はこの文を引用し、『今昔画図続百鬼』に〈天逆毎(あまのさかごと)〉〈天魔雄神〉親子を描いた。魔雄(さく)は〈サク神〉〈シャグ神〉〈スク神〉とよばれる地境鎮護の〈宿星〉(星の神)のことで、芸能の神であり、また荒ぶる神でもあった。
 〈天逆毎〉の原形は〈天探女(あまのさぐめ)〉であったが、『和名類聚抄』など以降魔女視され、〈天邪鬼(あまのじゃく)〉はその転化した名であるらしい。『古事記』『日本書紀』に、〈天探女〉は天照大神に葦原の中国(なかつくに)へ派遣された天稚彦(あめのわこ)の従者で、問責の使者として偵察に降ってきた雉のかひ鳴き声を聞き分け、天稚彦に矢を射させたとある。】(『妖怪・土俗神:喪われた世界』)

 〈天邪鬼〉そして〈天狗〉の祖先の妖怪神といえる〈天逆毎〉と〈天魔雄神〉であるが、神話の時代を除けば、〈天逆毎〉そして〈天魔雄神〉として姿を現すことはほとんどない。しかし、その性格から生まれた〈天邪鬼〉、神々への反逆者としての性格と容姿から生まれた〈天狗〉という有名な妖怪として、形を変えて生き続けているのである(〈天邪鬼〉の項参照)。

[文献データ]
続日本妖怪大全_p.21
小説歴史街道_1995年2月号_水木しげる「妖怪・土俗神:喪われた世界」
小説歴史街道_1995年2月号_水木しげる「妖怪・土俗神:喪われた世界」/今昔画図続百鬼
小説歴史街道_1995年2月号_水木しげる「妖怪・土俗神:喪われた世界」/和漢三才図会_巻44
小説歴史街道_1995年2月号_水木しげる「妖怪・土俗神:喪われた世界」/和名類聚抄

(天狗神(あまのざこがみ))小説歴史街道_1995年2月号_水木しげる「妖怪・土俗神:喪われた世界」/天狗名義考

鳥山石燕・画図百鬼夜行/今昔画図続百鬼
鳥山石燕・画図百鬼夜行/和漢三才図会
図説日本未確認生物事典/源平衰退記
図説日本未確認生物事典/甲子夜話
図説日本未確認生物事典/池北偶談
図説日本未確認生物事典/天狗名義考
図説日本未確認生物事典/洞房語園

(治鳥)和漢三才図会_44/本草綱目
(天魔雄)和漢三才図会_44
(天魔雄)和漢三才図会_44/羅山文集